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山形県で総合診療医を目指しています。日々の振り返りをご笑覧ください。

大蔵村のワクチン集団接種について分析してみた

珍しく時事ネタを書いてみます。
全国でワクチン接種が検討されている中、山形県は比較的早いテンポで進められています。(参照…https://news.yahoo.co.jp/articles/21ca9d6fa75a94f8f3ddbc256145cff337c321af

その中でも自分の暮らす大蔵村は県内で最初に集団接種を開始し、住民の接種割合もどんどん進んでいます。先日、70歳以上の高齢者へのワクチン接種が終了しました。
(参照…https://www.yamagata-np.jp/news/202104/19/kj_2021041900408.php
大蔵村の集団接種がどのように行われているか、誰かの参考のために記載しておこうと思います。

 


1、個別接種の問題点

 そもそも、これまでのワクチンはクリニックや病院でぱぱっと打てた。今回の新型コロナウイルスワクチン(以下コロナワクチン)だけ、どうしてこんなに接種が大変なんでしょうか?

 簡単に言えば、ワクチンそのもの・待機時間と感染対策の2つがボトルネックとなっています。
 まず、コロナワクチンは1アンプルから5-6人分を打てるようになっています。接種のためには-60度のディープフリーザーから事前に解凍しなければいけなかったり(ディープフリーザーを持っていないクリニックでは輸送時間の問題も出てくる)、一度注射器に引いてしまうと数時間しか保たなかったりと下手な鮮魚よりも管理が大変なワクチンでもあります。そのため接種希望者が1人だけの状況なら残り4-5本は破棄せざるを得なくなってしまいます。
 これまでのワクチンであれば、冷蔵庫保存でOK出す1アンプルから1-2人分しか打てなかったので突然接種がキャンセルになっても「明日に回すかー」と冷蔵庫で眠らせておけました。しかし、コロナワクチンは再冷凍できない・数時間で不活化してしまうので、余ったら破棄するしかなくなってしまいます。普通のワクチンよりも管理が難しい点が、そもそも接種に時間制限をかけてしまっているのです。

 次に、待機時間と感染対策の両立について。
 どんなワクチンも接種後にアナフィラキシー(アレルギーのひどい版)が起きないか15-30分の経過観察が勧められています。この点はコロナワクチンでも一緒です。
 問題は、接種後にどこで待機してもらうか。
 クリニックの待合室にはスペースの限りがあるし、密を避けるようにお願いすればますます収容人数に限りが出てきます。自家用車で待機してもらったら、いざという時に目が届かない恐れが出るでしょう。密を避けた経過観察がワクチン接種のボトルネックとなっているわけです。

 この2つを同時に解決するのが、予約制の集団接種です。ワクチンが無駄にならない数の希望者になるよう調整して、密を避けた会場で一気に接種する。解凍の手間や廃棄リスクを避けるにはやはり集団接種が最も良い方法だと自分は思っています。
(ただ、集団接種会場にアクセスしにくい人もいるので、個別接種ももちろん用意が必要です)

 

2. 集団接種の壁

 では集団接種を行うために何がボトルネックになっているのでしょうか? 思いつく要素を上げてみます。


・スタッフの問題
 集団接種のメインエンジンは各自治体職員です。事前受付・書類発送・当日の導線や物品準備など、必要な準備は膨大かつ前例もない状況です。ワクチン接種専任スタッフをおける人員がいればいいが、人の少ない自治体では集団接種と通常業務を並行して行わなければいけないところもあるでしょう。これだけでまず大変であることは想像にかたくありません。

・医療職の確保
 問診内容をチェックする、ワクチンを注射器に詰める、接種する、経過をみる、アナフィラキシーに対応するといった業務は医師や看護師の仕事です(歯科・薬剤師にも協力していただいています)。自治体には保健師がいるので看護師は手配できるかもしれませんが、接種人数が多ければその分だけ医療職の確保も必要になります。どこから誰をどれくらい依頼するのか問題が発生することで、運営準備にも時間がかかる。
(組織を超えた調整になるので、ここが律速段階になっている可能性もあるでしょう)

・希望者の動線管理
 感染対策も兼ねながら、受診→問診→接種→15分待機の流れをどう作るか考える必要があります。今回集団接種のネックになったのはむしろ「受診までの人の流れ」の方でした。駐車場が混雑したり渋滞するだけで全体スケジュールにも大幅な影響が出ます。スムーズに会場に来てもらいスムーズに会場から送り出すためにはどうすればいいのか、これも頭を悩ませるポイントでした。

・ワクチンがどれくらい来るのか?
 会場もスタッフも準備ができたとしても、肝心のワクチンが来なければ接種はできません。この「ワクチンがいつ届くのか」が最も影響の大きくコントロールできない要因です。山形県では基本的に自治体それぞれに1箱単位で送られてきます。1箱に入っているアンプルは決まっており(約1100人分)、限られたワクチンを誰に打つかも頭を悩ませる問題です。人数の多い都市部では多くのワクチンが届かないと集団接種を始められないのが現状なのでしょう。

 いくつかの壁を書き並べましたが、これは「大蔵村が素早く集団接種できた理由」に直結しています。

 

3、最小の村のメリット

 上記に挙げた壁を大蔵村がどうクリアしたかを簡単に書いていきます。(なお個人的な見解であり、村を代表した見解ではないことを申し添えます)

・スタッフの問題/医療職の確保
 大蔵村役場は人数の潤沢な役場ではありませんが、やらねばならない。ということで、接種の行われる日曜は役場職員の若手〜中堅に出勤していただき、役場総出で取り組んでいます。診療所ももちろんのことだが、歯科診療所の職員にもほぼ全員協力してもらい、村内の看護師OGにも出張って頂いて集団接種を回している状況です。
 村の人員総出で挑むしかないことに共感して頑張ってくれている役場職員・スタッフには本当に感謝しかありません。やるしかないからやる、という流れはシンプルで、人員決定に迷うというロスが生じない。それがまた最短で集団接種に挑めたことに影響していると思います。
(とはいえ、持続可能なスタイルではないので、今後ワクチン接種が長期化するのであれば再検討しなければいけないでしょう)

・希望者の動線管理
 大蔵村の接種会場は駐車場が狭く、20台も駐車することができません。そのため自家用車での移動はまず不可能であるため、別な手段を検討する必要がありました。
 そこで選択されたのが、スクールバスによるピストン輸送です。村内の部落ごとにバスを用意し、希望者を乗せてバスで移動する。接種終了後もバスで送ることで、入り口と出口の人員管理を一気に解決することができました。
 思わぬメリットとしては、感染対策しながらであっても隣近所と久しぶりに顔を合わせられたこと・90歳を70歳がフォローするといった助け合いが自然に発生したこと・バスの移動中に口頭で連絡ができたことです。久しぶりに顔を合わせ話の弾む方やいつもより化粧や身なりを整えてくる方々を見ていると、「介護予防になるイベントじゃないか?」なんて思ったりもしました。

 集団接種会場の体育館でも、高齢者が楽に打てるように工夫を重ねました。スリッパは転倒リスクになるので使用せずに入ってもらう・会場内に案内係を複数配置して歩行や荷物持ちのサポートができるようにする・接種会場では希望者を座ったまま待機させて看護師がオフィスチェアに座って移動しながら接種する、などです。
(看護師が車輪のついたオフィスチェアに座って移動しながら接種する方式はどんどん全国でも行われているようです。少なくても山形県では当村が最初だと思います)

・ワクチンがどれくらい来るのか?
 基本の配送単位が一箱=おおよそ1100人分であることは先ほど述べました。大蔵村の接種対象の人口はおおよそ2900人くらい、3箱あれば打ち終わる目安です。都市圏では1箱あっても誰にワクチンを打つか悩むことになるでしょうが、人口の少ない大蔵村では十分にカバーできます。
 人的な問題から短期決戦に挑みたいこと・接種の進んでいる地域を優先してワクチンが配送されることから、大蔵村は集団接種を早期に始めて早期に決着させる方向に舵を切りました。対象はともかく年代で区切り、最初は70歳以上・次は65-70歳と進めている状況です。

・まとめると
 運営スタッフが限られているからこそ、短期決戦でワクチン接種を行う方針にした。
 場所も限られているからこそ、移動も含めた集団接種の計画を立てた。
 対象人口が少ない分、ワクチン1箱でも集団接種に踏み切ることができた。

 人口が県内最小の大蔵村は、運営する人たちも限られます。プレーヤーが限られているからこそ、集団接種に踏み切る必要があった。「やるしかない」が結果として県内最速の接種ペースにつながりました。踏み切ってくれた役場の皆様には心から感謝しています。

 

4、集団接種の大まかな流れ

 最後に当村の集団接種の流れを簡単にまとめておきます。

(接種前)
●希望調査
 対象の人に郵送ハガキで調査、返事がこない人には電話確認を入れる
●日付の決定・連絡
 高齢者は住んでいる地域で日付を決め、接種の問診票・予約券と一緒に郵送で連絡
 その下の世代については日付を含めて検討中

(接種当日)
●輸送バスで移動
 各部落ごとに待合場所に集合し、バスに乗って移動します。15人前後を1単位として、部落の中でも移動しやすいように複数の待合場所を設定しました。
●受付
 問診票を忘れてきていないか・簡単な体調確認を行います。
 (問診票や予約券を忘れてきた人は、再発行できるように準備)
 問診票をバインダーに挟んで渡します。バインダーには大きく数字が書かれ、会場の席ナンバーとリンクした席次札にもなっているものです。
●問診
 医師が接種可能か判断します。といっても確認するのは、活動性の病気がないか・発熱していないか・1回目の接種でアナフィラキシーがないか、くらいです。
●集団接種
 接種会場に移動し、自分の指定席に座ります。この時点で肩を出して準備しておくように指示されます。
 問診票に漏れがないことを確認し、看護師が動きながら接種していきます。15人の接種が終わってから15分待機を行います。
●待機
 体調不良がないか、見回り役が確認をしていきます。思ったより暇らしく、携帯をいじったり本を持ち込んでいる人もいました。
●輸送バスで移動
 15分の待機で問題ないことを確認し、また輸送バスに乗り込んで自宅へ戻ります。
 

5、終わりに

 新型コロナウイルスを撲滅するためには、やはりワクチン接種が現時点で最強のカードです。
 接種後の副反応など心配される方もいますが、日本国から新型コロナウイルスを追い出すためにはともかく国民全員で接種に挑むことが必要です。
 そのためにも短期間で接種を進める集団接種に協力いただきたいと思っています。
 運営する側も毎日頭を悩ませながら、準備を進めているはずです。多くの方にワクチン接種を受けていただき、大事な人に安心して会える日々が戻ってくることを願っています。