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山形県で総合診療医を目指しています。日々の振り返りをご笑覧ください。

夏休みの読書録

半年間仕事しまくったので、しっかり夏休みを頂きました。秋の時期なんだけどすっかり暑かったので気分は夏です。
この夏休みで「色々溜めてた本を読むぞー」とか思っていたんですが、なかなか積み本を解消することができませんでした。代わりに捗ったのがkindle unlimited。やっぱりスマホでサクサク読めるのって大きい。
せっかくなので読んだ本をメモしておこうと思います。
 
・図解21世紀の哲学がわかる本
今回読んだ中で一番重く、一番刺激を受けた本。
哲学とは「どう幸せになるか?」とか「どう生きるのか?」とかを考える学問だと思っていたけど、21世紀になって「人はどんな考え方で生きているのか?」「この時代に何を思って生きるのか?」という問いをほぐしていく学問であると認識を改めました。
ソフィーの世界で読んだ哲学者たちは過去の偉人なんだよな〜そこで知識が止まっていました)
哲学と銘打っているけど、リベラリズムとかサイボーグとか現代に溢れているタームを理解することに繋がるとは思ってもみませんでした。
現代の哲学とは何か? そこに溢れる考えを大雑把に掴むという意味では良本です。
 
・超速で脳の疲れを取る賢者の睡眠
Daigoの本って実は初めて読みました。
色んな論文や二次資料を当たった上で「僕はこう考える」という提示をする人なんだなーと感心しました。
不眠の外来指導と共通することも多く、なっとくーって感じでさらっと読めました。
朝起きる時間を決める、寝たい時には早く寝るっていうのが個人的なポイント。当たり前なんだけどその当たり前がすっかり頭から抜けてました。
 
・私をケロリと変える
行動経済学を使って自己啓発しようぜって本。
参照点を動かす、という一点でここまで膨らませるとは凄い。
ダニエルカーネマンのファスト&スローがベースにあるのかなーと思いながら読んでました。
参照点を動かすってのもメタ認知だから、ここまで考えを変えられるようになるには相当のトレーニングが必要そう。
 
・鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ
鳥類学者という種族が何を考えてるのか垣間見れてめちゃ面白いエッセイでした。夢中で読み耽ってしまった。
フィールドワークの大変さとか、学会発表の大変さとか「鳥ってこんなにおもろい!」だけじゃない研究さならではの裏話が大変面白かったです。
 
・世界のニュースを日本人は何も知らない
ロンドン在住の作家から見えるニュースのさまざまな見え方を書いた本。コロナウイルス対策に関しては自分で調べた分「そうだよなー」と思いながら読んでいましたが、イギリス王朝など知識のない部分に関しては目から鱗だらけです。
世界は広くてニュースはたくさん流れてくるけど、それは自分の手元に入るまでに誰かの手垢がついていることはどこか脳裏に留めておかないといけないと感じました。
 
・お金の大学
YouTubeで人気のリベ大からでた本です。どうやってお金を貯めるか・FIREを目指すか、という本を煮詰めるとこんな感じになるなーと思いました。
ある程度知っている内容を確認できたのでよかった。
 
ここから購入した本
・そいつ今ごろパフェとか食ってるよ。
ちょっと前に流行った本。メタ認知するためにちょっと感情から身体を離すのに、4コマ漫画とかハッとさせる言葉が効くのかな。
さらっと読めていい感じの漫画でした。
 
・吉祥寺の朝比奈さん
これって乙一の別ネームなんだ!と衝撃を受けて気づいたら買ってました。ホラーとかミステリではない叙述トリックって新鮮でした。
心地よい短編集を読みたかったところだったので、「これこれー!」と思いながら読んでおりました。
 
こうやって見返してみると、比較的軽めの本を色々読むのが最近の傾向なのかなと感じました。重たい本やしっかり向かい合って読みたい本とか、どうやって手をつけるか。何かうまい手を考えたいなぁと思った朝でした。

叔父の話を聞いて欲しい

先日、叔父が亡くなった。少しだけ彼について話を聞いて欲しい。

  ◇  ◇  ◇

僕の母には弟がいて、きちっとした母の家族の中で唯一きちっとできなかった人だった。それが祖父母の影響なのか彼の性質によるのかはわからないけど、見た目はボサボサだしタバコ臭いし子供から見てもだらしのない人だった。
ひょろりとした上背を猫背にしながら歩く後ろ姿は今でも記憶に残っている。

叔父は定職につかないまま東京のアパートで一人暮らしをしていた。
先日、その叔父がどうやら孤独死していたらしい、という知らせが飛び込んできた。2ヶ月前から姿を見せなくなり、話を聞いた叔母が様子を見に行ったところ自室で亡くなっていたそうだ。
何が起こったのか知る術もないし、これからバタバタと身辺整理が進んでいくのだろう。老いた祖父母に手続きが降ってくるのを心配をする脳裏に、叔父との思い出が浮かび上がってきた。
叔父と我が家はそこまで交流があったわけではないので、思い出といっても二つ程度なんだけど。

  ◇  ◇  ◇

一つは小学校の頃だったと思う。
古い祖父母宅の2階に叔父は暮らしていた。踏み外しそうな急な階段を登って左側に叔父の部屋があり、その部屋は叔父の趣味に溢れていたように思う。
叔父はぶっきらぼうな人だったが、僕が遊びに行くと叔父なりに甥を可愛がってくれた。今思うとアマチュア無線だったと思うがなんだか難しそうな機械を見せてくれたり、ホバークラフトのラジコンで遊ばせてくれたりした。
タバコのヤニで汚れた歯を見せながら笑う叔父は、甥の僕に取って決して悪い人ではなかったと今でも思っている。

しばらくして叔父は東京に移り住み、叔父の部屋は空き部屋になった。家主が不在の叔父の部屋に勝手に入り込んだことがあったが、物の溢れていた室内がずいぶんすっきりしていて驚いた。
ふと見ると、立て付けの棚にはホバークラフトのラジコンが箱に入ったまま安置されていた。ラジコンは東京での新生活に不要と判断されたのだろう。勝手に出して遊んでもよかったんだろうけど、なんだか叔父に悪いような気がしてそれ以降一度も触ることはなかった。
そういえば数年前に家を建て替えた時、祖母はあのラジコンを廃棄したのだろうか。学校を卒業してもずっとあの部屋で過ごしていた叔父の痕跡を、祖母はどんな気持ちで片付けたのだろうか。

  ◇  ◇  ◇

もう一つは大学の頃。東日本大震災の後のことだ。
祖父母の家には土壁でできた古い蔵があり、大震災の影響でその土壁が崩れてしまったそうだ。高齢の祖父母に力仕事は大変ということで、力は有り余っている孫がお手伝いに駆り出されたというわけだ。
その祖父母宅に叔父がいた。小学校以来だったから10年以上ぶりだったろうか。無精髭でますますタバコの匂いはキツくなっていたが、ひょろりとした上背を丸めて歩く様子は相変わらずだった。話を聞くと、大震災でひと段落したあたりにふらっと帰ってきて何も言わずに祖父母宅の片付けを手伝っていたそうだ。
なんとなく懐かしくなって、久しぶりに2階の叔父の部屋を覗きにいった。
「おう、久しぶりだな。ずいぶんデカくなったな」
叔父はノートパソコンを眺めながらタバコを吹かしているところだった。
「そりゃ小学校以来だしね。おじさんは何見てたの?」
「見るか。放射線の今の状態を確認できるホームページなんだ」
「へえ、放射線
原発事故の影響が出るのかどうか、当時は至る所で放射線の線量測定が行われていた。叔父はどうやらその測定結果を逐一確認していたようだった。
「お前みたいに未来のあるやつが福島にいちゃいけない。片付けが済んだら早く帰れよ。これから子供バンバン作らないといけないんだから」
「なんだよ、それー」
その時、僕は叔父が冗談を言ったのかと思った。子供だなんて気恥ずかしいなぁと照れながら叔父の顔を見ると、真剣な顔で画面を見つめていた。長い指で顎を擦りながら本気で僕のことを心配している様子だった。
「こういうのはさ、俺みたいなのに任せとけばいいんだよ」
その言葉がどんな意味を持っていたのか、深くは聞くことができなかった。

人手がいれば片付けはあっという間に終わるわけで、僕は結局一泊二日で実家に帰ることになった。片付けが終わったら叔父は部屋に引きこもってしまい、結局挨拶をせずに祖父母宅を後にした。
それ以降、叔父とは会えていない。そして、もう会うこともなくなってしまった。

  ◇  ◇  ◇

僕から見える叔父の姿と、祖父母から見えている叔父の姿は多分違うように思う。
祖父母の家は先祖代々続く名門の家で、叔父はその後継として期待されていたそうだ。
そして、叔父はその期待には答えられなかった。叔父は社会と一線を引いて部屋に篭り、東京に篭り、そして独りで旅立っていった。祖父母からすれば子育ての失敗のレッテルを貼ってもおかしくはないだろう。

僕にとって、叔父は悪い人ではなかった。めっぽう好きなわけでもないけど、不器用に甥のことを構ってくれたり心配してくれていた叔父のことを嫌いになる理由はない。
自分から会おうと思ったこともないし、叔父から連絡を取ってくるようなこともなかった。僕と叔父の関係はそんなものだ。叔父が亡くなったからといって悲嘆で泣き咽ぶようなことはないと思う。

それでも叔父は、悪い人ではなかった。
独りで死んでいく時、叔父は何を思ったのだろうか。思い残したことはないのだろうか。
小さな思い出を元に叔父のことを悼んであげたいと思うくらいには、僕は叔父が好きだったということに今更になって気づいたのだった。

  ◇  ◇  ◇

僕は祖父母の血の影響か、比較的上背がある。そして、猫背だ。
叔父の足は平べったくて大きかったらしい。それは僕の足も一緒だ。
そして、この足の特徴は僕の娘にも引き継がれている。きっと将来、この子は靴を探すのに苦労するに違いない。

放射線で子供のことを心配していた叔父に、子供が無事できたことを伝えてやればよかったかな。
足が大きいのは遺伝だね、なんて話したらどんな顔をしただろうか。
独りで亡くなった叔父のことを少しだけ甥が心配していたということが、どこかで伝わればいいなと思う。

僕には叔父がいた。甥にとって悪い人じゃなかった。
そんな人がこの世界にいたということを、ここに記録しておきたい。

働いてみた”病院総合医”の雑観

この数ヶ月、臨床現場の忙しさに追われていろんなことがおざなりになっています。
これまでの診療所生活は本当にゆったりとしていたんだなーって肌で感じる毎日です。
そんなこんなで伸び伸びになっているブログですが、何とか月1回くらいは続けていきたい気持ちはあります!

 

今回は「病院総合医」について自分の感触を書き記しておこうという内容です。

そもそも病院総合医って何なの?って方はこちらをまずチェックしてみてください。
http://hgm-japan.com/general/
ここ数年で総合診療専門医が設立し、その上に積み重ねるキャリアとして家庭医療専門医に加えて病院総合診療専門医が入りました。
すごーくざっくりと分ければ「病院という場所で活躍する総合診療医」のことを指します。その対象として、家庭医療専門医は「診療所〜外来で活躍する総合診療医」という感じです。

つまり、昨年までの自分は家庭医療専門医のような仕事を主としており、今は病院総合診療医の仕事を主としているわけです。
じゃあどんな仕事をしていて、どんな目線で働いているのかを書き連ねてみようと思います。

 

①院内のギャップを埋める


当院は救急指定病院であり、周辺の開業医や施設から紹介を受けるような場所でもあります。
様々な紹介や搬送がある一方で、専門家の不在から対応できないケースも散見されていました。
専門家に紹介すべきケースであればそこまで迷うことはありません。だって搬送するしかないから。
悩んでしまうのが、「専門医に紹介しなくてもなんとかなりそうなんだけど対応する係がいない」時とか、「問題点がはっきりしてなくてどこに紹介したらいいかわからない」時です。
こんな状況下で有効なのが”とりあえず全科対応できて適切にトリアージができる人”になります。なんなら紹介しなくていいケースの時にその人が対応すれば、さらにギャップは埋まるわけです。

専門医が一通り揃っている病院ではこういうケースがギャップに陥って困ることは少ないと思います。
しかし、中小病院で専門医が揃っていないからこそ総合診療医が機能するんだな〜とは肌で感じた数ヶ月でした。

 

②病院から一次医療を支援する

これまで診療所に勤務していたからこそ、誰かを紹介するという時には「うわーもうこのケースは自分とこで粘ってたらまずいやつだ」と判断して紹介してきたんじゃないかと考えが巡ります。
一方、診察してみると思ったより入院しなくてもよさそうだったり、診療所で打たれていた対策が徐々に効いてきていたりする場合も見受けられます。

診療所・開業医の先生方が安心して外来で粘れるためには、バックベッドがきちんと機能してくれる信頼感が重要だと感じています。
だからこそ、紹介状が結果として的外れな場合であっても紹介相手を想ってきちんとお返事を作ることを意識しています。
あなたのメッセージはきちんと届きました・今後もこうやってしっかりキャッチするので頑張ってください、と思いを込めながら。
(相手にどうキャッチされているのかわかりませんが)

 

③ただの勤務医ではないマクロ目線を持つ

総合診療専門医の構造も含め、他の専門医と違うのが「小病院〜診療所での勤務体験」だと思うのです。
今、一緒に働いている専門医の先生方は大学や高度医療機関から移動してそのまま根付いている人が多い印象を受けます。
つまりほとんどの人が「診療所・開業医の現実」「施設の現実」を知らずに勤務している。
一方で、病院総合医をこれから名乗っていく人たちは一度はその現実に浸り、勤務した経験を持っています。

この「病院の外」での経験がどう生きるのか?といえば、マクロ目線を養うことではないでしょうか。
病院という文化の中で働きながら、それ以外の文化に触れること・共感することは非常に難しいと個人的には思います。
だって毎日忙しくて、他の文化を知ろうというエネルギーを絞り出すのも大変なんですよ。

だからこそこれまでの経験値が効いてきます。
病院目線の「地域に根ざした病院」ではなくて、住民から見た「地域に根ざした病院」の意味合いはどういうことなのか?
施設で看取りまで対応できないのはどうしてなのか、嘱託医とは何をしているのか。
訪問診療の現場で何が起きていて、どんなやりとりがされているのか。

そんな経験を踏まえた上で、病院をマクロ目線から考え直し、「本当にこの病院に必要な機能はなんなのか?」「総合医として自分は何を担うといいのか?」と煮詰められること。このスキルを専門医の取得過程から獲得できるようになっているのは地味にすごいことだと個人的に感じているところです。

 

つらつらーと書いてみましたが、今の所感としてはこんなところでしょうか。
今後ここに「総合医だからこその教育」だったり、「病院からの訪問診療」を積み重ねられるといいなーと感じています。
暑い日が続きますので、まずは自分が倒れないよう引き続き頑張ってまいりたいと思います。
以上!