コロナ時代に入ってはや半年、多くの方がオンラインに向き合わざるをえない環境に陥りました。
当初はどうなるんだろうと思っていたこともなんだかんだ時代に合わせて変遷しているような気がします。
特に学会、学習会などの教育についてはオンライン開催が積極的に行われるようになりました。以前も書きましたが、田舎にいる身としては移動せずに上質なコンテンツをより得られるようになり、コロナが収束しても是非続けて欲しいと思っているところです。
さて、受ける立場の記事はちょっと書いたので、今回は発信する側の目線で見直してみます。
先日、参加している某秘密結社の勉強会があり、そこでセッションを1つ担当してきました。完全オンラインでアクティブな教育セッションを作る、という経験は非常に考えさせられたので、いくつか気づいたポイントを残しておこうと思います。
①対話できる時間を貴重に思う
直接会って話し合うことが制限されているコロナ時代ですので、やはりオンラインでも対話する時間は貴重です。その対話で何が生まれるのか・何に気づくのか、こそが教育効果と言っても過言ではない。
そのため、オンラインで教育セッションを組む時には「対話の不要なパーツを徹底してオンデマンドにする」ということが必須になるかと思いました。
普通なら
講義パーツ→それを踏まえたディスカッション→収束
みたいな流れだったとして、この講義部分をわざわざLIVEで聞く必要ってないですよね。事前に講義パーツを勉強してきてもらったほうがディスカッションをより濃密にすることができる。ともかくみんなで集まる時には、集まった時にしかできないことを大事にするべきです。
担当したセッションでも、やっぱり対話すること・意見を交わすことで自分の気づきだったり学びにつながっているような光景を目にすることができました。
コロナのおかげで対話すること・集まることの貴重さを再確認できたというのはなんだか複雑な気持ちですが……。
②教師には情報を発信する能力がより求められる
上記にも被りますが、一方向性の情報発信はオンデマンドにしていく流れになりそうです。そういう意味で、「自分の情報をどうやって伝えるか」について教師は考えていく必要があると感じました。
人間は情報収集するのに得意な感覚があるというのはご存知の方もいるかと思います(VAK 視覚・聴覚・体感覚)。オンデマンドで情報を届けるということは、できるだけ利用者に届きやすい形を検討する必要があります。
ただPDFを貼るだけでいいのか、動画にしたほうがわかりやすいのか、1人でできる作業を盛り込めばいいのか。見えない相手がどこまで学びを深められるか、仕掛けを考えていかねばなりません。
教師はオンデマンド資料を作る時には、より一層学習者のことを考えて取り組むことが今後求められてくるでしょう。動画作成能力・みやすい資料・個人ワークをどう評価するのか,etc。
オンラインは移動の壁を突き抜けました。それはどこにいても学習者に取捨選択の自由があり、良質でないと思われたら受講してくれなくなるという意味も表します。教育の戦国時代!
時代に合わせた能力をますます磨いていく必要がありそうですね。
とりあえずこの2点。
また気づいたら追記するかもしれませんが、今日はこんなところで。