YAMAGATAxGP

山形県で総合診療医を目指しています。日々の振り返りをご笑覧ください。

不眠への声がけ

先日、とあるご縁で臨床心理士の調査に協力しました。
不眠に対する認知行動療法に関して調査しているということで、実臨床でどんなアプローチをしているのかインタビューされた感じです。
改めてアウトプットしてみたことで自分の考え方が整理されたことと、不眠の認知行動療法から新しいエッセンスをもらうことができたので忘れないうちに書き留めておこうと思います。

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不眠症プライマリケアで遭遇頻度の高い訴えです。眠れないってのはQOLを損ねるし、何とかしたいですよね。
しかし、風邪の原因がウイルス!みたいにわかりやすい構図がないことが不眠診療の難しさでした。
眠れなくなる原因は多々あります。ストレスで考え込んでしまう、夜間のおしっこが多くて目が覚める、痛みがあってうまく眠れないなどなど。そういった背景を十把一絡げにして「眠れないからクスリください」になってしまうのは、すごく勿体無いことだなーと以前から考えていました。

薬剤の使い分け自体もいろいろありますが、やっぱり不眠診療の根本は「睡眠衛生の状況をいかに解像度高く描き出せるか?」に尽きると思っています。
どんな寝具で寝ているのか、何時に寝ているのか、睡眠前はどんな生活を送っているのか、アルコールはどうか、最近のこころの状態はどうかなどなど。問診してたらキリがないくらいですが、寝室にお邪魔して張り付くわけにもいかないためともかく聴きまくるしかないですよね。
(ここら辺は極論で語る睡眠医学 www.amazon.co.jp/dp/4621300539 の影響を過分に受けています。良い本なのでおすすめ) 

そして、「眠れない」という一言に凝縮された患者さんの解釈と自分の脳内イメージをいかにすり合わせるか。ここも苦心するポイントです。
元々のヘルスリテラシーの違い・ニーズの違いから、一筋縄でいかないこともしばしばです。
「先生、いいからクスリ出してくれればいいのよ」と言われてしょげてしまうことも少なくありません。

けれど、不眠に対する投薬こそゴールをきちんと決めて何を改善させるのかを明確に共有してから始めるべきだと個人的には考えてます。だからこそ、自分の学んできたことをできるだけ共有したいと思っているし、目の前の患者さんがどんな理由で辛いのか共感したいとも思うわけです。

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ここからが新しいエッセンスの話です。
よく睡眠指導で言われるのが「年齢を重ねると眠れなくなる。これは歳をとって必要な睡眠時間が減ってきたからだ」という説明です。
確かにこの生理変化を裏付けるデータもあった(ように思う)し、きっと事実だとは思います。
しかし、この説明ってやや暴力的な響きを含んでいるようにも思うのです。
まるで「あなたは年寄りだから眠れないのは我慢せよ」と言っているかのようです。
外来でこの説明を使って「そうか!なるほど!スッキリしたよ先生!」と、晴れ晴れとした顔になった人を見たことがありません。
(自分の説明が下手くそなのかもしれませんが)
どうしたらいいのかな、でも真実だから仕方ないのかなーなんて考えていました。

今回のインタビューで説明を受けて刺激を受けたのが「不眠のメカニズム」でした。(聞いた内容を思い出しながら書いているので若干言葉尻が違うことにご留意ください)
不眠が構築されるメカニズムは2つあります。
1つが「不眠の条件付け」。布団に入って眠れない日々を繰り返すうちに、布団=眠れない場所と脳内に条件付けが形成されることで強固な不眠になってしまうこと。
もう1つが「睡眠の生理恒常性」。日中の活動度が下がれば、身体が横になって休まないといけない時間も減ってくるということです。

「いや、それは当たり前でしょ」と思ったあなた!
そうなんですよ、これって当たり前なんですよ。忙しく働いたら眠たくなるし、動いてなければあまり眠れない。
当たり前のことを自分も知っていたはずでした。
それをクリアカットにこうやって説明を受けると「そういやそうだった…」とストンと腹落ちした感覚がありました。

今回の説明でいいなと思ったのは「不眠はこうやって発生する」という原理の部分をわかりやすい2ポイントで解説してもらったことでした。
振り返って考えてみるとこれまで自分で様々勉強してきた積み重ねで、不眠は様々な影響を受けて形成されるから原因をシンプルに説明するのって難しいよね…という思考回路に陥っていたようです。
もちろん原因やメカニズムなど多くのことを考えると不眠は複雑で奥深い概念です。しかし、それでは医師患者で共通基盤に立って話しにくい。
そこで今回のメカニズムです。この2点だけなら説明もしやすいし、患者さんにも比較的伝わりやすいのではないかなと感じました。

さらに、このメカニズムは不可逆的ではないというところも好感を持ちました。
条件付けが悪くなっているなら、新しい条件付けができるように工夫すればいい。
活動度が下がっていて眠れないなら、日中の活動度をあげるように工夫すればいい。
説明する側もされる側も希望を抱くことができます。何とかなりそうな気がする、というのは行動変容につなげるために重要な要素ではないでしょうか。

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まだ実臨床で試してはいませんが、すぐに試せそうな言葉がいろいろと思いつきます。
自分の声がけの引き出しを増やせたこと、そしてお互いに希望を作れるような声がけができそうなことをとても嬉しく感じました。

インタビューを担当してくれた京都大学 坂田先生・誘っていただいた福井大学 新野先生にこの場を借りて感謝申し上げます。