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山形県で総合診療医を目指しています。日々の振り返りをご笑覧ください。

Performing arts medicine(芸術家のための医療・舞台芸術医学・舞台医学)とは?

Performing arts medicineをどう訳すかはまだ国内でコンセンサスはなさそうなので、ここではPAMと称させてもらいます。

PAMについて学んだことは過去の記事で書きました。

yamagatageneral.hateblo.jp

ここでは学んだ範囲でざっくりと総論的な内容を書いてみようと思います。まだまだ初学者なので「これ違うよ!」とかコメント大歓迎です。

 

1、はじめに
 1970年頃から提唱された職業医学の一つ。
 芸術家の中でも舞台芸術(Performing Artists)に関わる医療についてを指している。
 この舞台芸術という言葉は相当幅広い。理解しやすくするため、大雑把に5種類に大別する(私見)。

①dancer:ダンスで表現を行う 
 バレエ、モダンダンス、コンテンポラリーダンス、ジャズダンス、タップダンス、フォークダンス、ストリートダンスなどなど
②singer/vocal:歌唱で表現を行う
 オペラ、合唱、聖歌隊、ロック、ジャズボーカル、ラップなどなど
③musician:楽器演奏で表現を行う
 ピアノ、弦楽器、金管楽器木管楽器、打楽器などなど
④Actor:演技で表現を行う
 役者(舞台・ミュージカル・ドラマetc)、声優も入るかも?
⑤Performer:上記分類に当てはめにくい・オーバーラップする表現方法
 サーカス、伝統芸能、お笑い(落語・漫才・コントなど)などなど

 この分類で知ってほしいのは、舞台芸術の幅はとても大きく簡単に全てを理解できないことだ。同じダンサーだとしてもそれぞれ使う筋肉は違うし、同じボーカルだったとしてもパフォーマンスには幅がある(オペラ歌手とデスメタルボーカルを同じには考えられないでしょ?)。
 舞台芸術家それぞれで行っている活動は異なるため、PAM実践に当たってはその人の芸術活動を理解することが重要になる。

 

2、アスリートとの比較
 肉体を使って結果を出すという意味で、舞台芸術家はアスリートに揶揄される。
 アスリートと共通する部分としては、下記が挙げられる。
 ・毎日練習・活動している
 ・動作に痛みを伴う場合がある
 ・昼夜問わず活動する
 ・挑戦的な環境で競い合う 
 ・師弟関係が強い
 ・オフシーズンがあるかどうか
 ・成功のためのプレッシャーがある
・「痛みがなければ高みを目指せない」というマインドセットがある
 ・怪我を隠そうとする傾向がある(出番を失うことが将来への道が潰れることになりうる)
 ・怪我でキャリアが終わる可能性がある

 一方、アスリートと異なる点があることも押さえておきたい
 ・アスリートは勝利のために、舞台芸術家は美的理想を描くため
 ・アスリートは大きな筋肉を使うが、舞台芸術家は小さな筋肉を使う(負傷しやすい部位は芸術ごとに異なる)
 ・スポーツ医学に関するEBMは確立しているが、PAMはまだまだ根拠となる情報が不足している
 ・スポーツ医学の専門家へのアクセスは確立しつつあるが、PAMの専門家へのアクセスはまだまだ整っていない

 

3、求められる能力(私見
①患者の取り組む舞台芸術を理解する
 外的要因として:演じる環境、パフォーマンス内容、練習環境や頻度、衣装や楽器
 文化的要因として:「芸術家」のメンタリティ(完全主義、強い師弟関係、パフォーマンスを通したアイデンティティ)、独自の文化(当たり前が共通するかわからない)、人間関係(同僚もまたライバル・健康問題があれば失職する?)
 患者の人生の一部として:患者の取り組む芸術を認め、支持する

②求められる医者像
(知識)
 整形外科領域:骨・筋肉・腱の解剖、パフォーマンスによってどこが影響するのか、適切な保存療法の指導など
 耳鼻咽喉科領域:耳・のど・鼻の解剖、声帯〜喉頭咽頭の評価、聴力の評価など
 内科領域:全身状態・合併症の評価・介入、適切な予防介入など
 精神領域:メンタルヘルス、不安〜うつへの外来介入、依存症の評価など
  
(役割)
 産業医:職場環境に理解を示し、患者への介入だけではなく職場環境への介入も検討する
 家庭医:一通りの相談ができる窓口、必要時に適切な診療科へ繋いでくれる
 ファン:患者の取り組む舞台芸術を応援し、支援する
 
③生活面の評価
 栄養状態、家庭環境、嗜好品(酒・ドラッグの使用率は普通より高いかも)
 パートナーの有無、社会的立場の評価
 金銭面の評価
 ライフサイクルと舞台芸術の関係

 

4、PAM疾患の例
・performance related musculoskeletal disorders (PRMD’s) 

パフォーマンス関連の筋骨格系疾患、とでも訳しましょうか。
ほとんどの舞台芸術家は何らかの反復運動(オーバーユーズ)の結果として、少なくとも1つのPRMDを経験しており、その結果、慢性的な痛みを抱えながら演奏している人もいる。
器楽奏者のPRMD発症の危険因子としては、過去の怪我・女性・演奏する楽器・練習時間の急激な増加・ストレスや演奏への不安などが知られている。
バレエでは身長と練習時間が危険因子とされているが、他のダンスジャンルでは年齢と体重が危険因子とされている。

楽家であることがアイデンティティであるため、演奏中の痛み・怪我によって演奏を止めるように言われることは音楽家にとってトラウマとなる。
文化によるプレッシャー(痛みを感じながら演奏する・職を失うなど)が怪我を繰り返すことにつながる。

・演奏に関わる不安 music performance anxiety
 ”ステージへの恐怖”と呼ばない。この単語だけで説明できるものではない。
舞台芸術家は教師・仲間、観衆の”監視下”でパフォーマンスを行う。そのためプレッシャーを感じやすい環境にあり、心理的問題にぶつかりやすい。
どんな経験豊富なプロでもパフォーマンス不安のせいで、ソロパフォーマンスができなくなる場合もある。
一方、適切な対処法(コーピング・レジリエンスの強化)を教育される機会もないため、精神的な問題に陥るリスクが高い。
不安のほかには摂食障害、睡眠問題、うつ病、薬物乱用、パーソナリティ障害が挙げられる。

・聴力の問題
舞台芸術は大音量に暴露する環境にあり、通常の産業医と同様(もしかしたらそれ以上)に聴力の問題へ取り組む必要がある。
目標は耳鳴りや難聴の予防。そのため、発症する前からの予防的介入が求められる。

 

5、関連サイト

楽家医学 https://music-med.jp/home
日本ダンス医科学研究会 https://www.jadms.org/
NPO法人 芸術家のくすり箱 http://www.artists-care.com/

 

6、総合診療医が舞台芸術医学に関わる意味(私見

舞台芸術に関わる問題は一つの医学領域で解決できるものではないことがよくわかりました。
また、元々の健康状態を底上げすることがパフォーマンスの改善につながることもあり、内科領域・精神科領域を含めたトータルコーディネートが芸術家にも必要なのではないかと考えます。
ライフサイクルの中で芸術家がどのような思いを抱いているのか・社会背景からの介入など、家庭医療のアプローチはまだまだ未開拓な分野でもあるようです。
芸術家という職業を支える医学は日本の中でもブルーオーシャンであり、多くの人に関心を持ってもらいたい分野です。